ミトココロノココロミ -16ページ目

あやふやバンザイ

これを書くまでに色々書いては辞めた。
どうもちょっと気分がすさんでいるようで、
それが文章に出てしまう。よろしくないですな。

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「2001年宇宙の旅」の原作者・アーサー・C・クラークの小説
「幼年期の終り」のセリフの中にこういうものがある。

「世界中の宗教全部が正しいということはありえない。」

当たり前といえば、恐ろしく当たり前のことだが、
残念ながら世界はこの事実を軽視、いや無視しながら動いている。
それぞれの個別の正義を絶対的なものとして振りかざし、
その結果、当然のように衝突を招き、戦争を始める。

日本はよく海外からはっきりしない国だと言われる。
しかし、それの何が悪い?
相手の立場を尊重もせずに、
自分の立場のみを絶対的なものとして主張し合うことの弊害に
世界中が辟易としているのではないのか?
あやふやに色々なものを包み込む柔軟な思考、
ヤオヨロズの神の発想、
アニミズム的な宗教観、
ソフトシンキングとでも言うべき思考のあり方が、
その真価を問われる時代にあるのではなかろうか。
世界を変える思考のあり方のヒントは、
日本的なあやふや思想にこそあるような気がするのだ。

スマトラ沖地震の津波被災者のための追悼・チャリティーコンサート

以前にこの日記のコメントで、しんぴーさんという方が書いておられた
「スマトラ沖地震の津波被災者のための追悼・チャリティーコンサート」
の詳細が決定したようですので、転記してお知らせします。

---以下、転記---

スマトラ沖地震の津波被災者のための「追悼&チャリティーコンサート」を下記のように開催します。募金はすべて100%、日本赤十字社やユニセフ、タイ領事館を通じ、義援金として被災地に届ける予定です。
 ・会場は400名ほど収容できるスペースがあります。
 ・1月30日のFM CO・CO・LOの23時~のジャズ番組の中で紹介されます。

■イベント名 スマトラ沖地震の津波被災者のための追悼・チャリティーコンサート
■出演者(あいうえお順):蘆原健吾(Drs)/大井戸良久(tp)/大塚亮介(pf)/岡田陽子(pf)/尾崎水紅(吟詠)/小野寺咲香(pf)/兼子潤(pf)/小松尚人(Drs)/しぇいくはーつ(藤嵜 佳里(Pf), 中森 一矢(Tp), 千秋久子(Fl), 他)/清水慎之介(二胡)/清水ひろみ(Vo)、多田恵美子(pf)、中山聖(tp)、東ともみ(b)他/清水佑海(尺八)/田中けいこ(Vo)/田中水緑(吟詠)/谷川賢作(pf)/Harvey Thompson(Vo)/浜崎岳史(b)/Paul Fleisher(Sax)/前重英美(Vo)/前重亮泉(吟詠)/Miss.T.Brunch/基 大介(三線)/山下憂奈(sop)/山本久生(b)他(※当日変更になる場合があります)
■2月6日(日)
(第1部)11:30開演(11:00開場)~15:30 Jazz:谷川賢作、前重英美、田中けいこ、大井戸良久、Miss.T.Brunch、しぇいくはーつほか(予定)
(第2部)15:30~ 吟詠、Jazzセッション、クラシックほか(予定)
(第3部)17:45~20:30 Jazz:Harvey Thompson、Paul Fleisher、清水ひろみ、兼子潤、大塚亮介ほか(予定)
■バイキングレストラン「アジアンサーカス」大阪市住之江区南港北2-7-38 おおさかフードアウトレットB1F
  ※第1部、第3部はバイキング(大人1,300円前後)、第2部は喫茶営業します。
■募  金:任意募金制。コンサートのみ聴く事が可能です!
□主 催:追悼・チャリティーコンサート実行委員会
□企画・運営:追悼・チャリティーコンサート実行委員会
□協  力:吟道各派友好会/FM CO・CO・LO/ニューサントリー5/JazzOnTop/MogaJoga/INTER LUDE music entertainment/おーらいレコードほか
□後  援:タイ国政府観光庁/社団法人 大阪外食産業協会/FM CO・CO・LOほか
□協  賛:キリンビール株式会社/近畿コカコーラ・ボトリング株式会社/フラスカ/INTER LUDE music entertainmentほか
□特別協賛:株式会社タケモトフーズ/株式会社ガレージャパン/株式会社ティー・エフ・ピー/株式会社クープ/株式会社S.F.I.(シンガポール)/竹本食品集団有限公司ほか
□お問い合せ:コスモキー(アジアンサーカス)TEL:06-6614-7724
追悼・チャリティーコンサート実行委員会 charityjazzconcert@yahoo.co.jp
公式ホームページ
http://www.geocities.jp/charityjazzconcert/
http://blog.livedoor.jp/charityjazzconcert/

---以上、転記---

わぁ・・谷川賢作さんも出はるんやぁ・・。
客としてでも、行きたいなぁ・・。
でも、その日は走り回っているんだろうな・・。

何もお手伝いできませんが、成功をお祈りしてます。>しんぴーさん
そのすごい行動力に感服いたします。

ここを読んでくださってる皆さんで行けそうな方は是非!
前重さんのボーカル、本当にかっこいいですよっ!

本屋にて

本屋で東浩紀氏の「郵便的不安たち」を一部立ち読み。
最後の方の、宮台真司氏との対談「考えなくって、大丈夫!?」を読む。
とても刺激を受けた。
東氏はどうもサブカルチャー側の人というイメージが強くて、
私にはどうもとっつきにくかったし、
宮台真司って何かその発言の内容が好きになれなかったのだが、
(テレクラとか援助交際とかを云々言ってた時のイメージのせいか。
昔「朝まで生テレビ」で、私が好きだった西部邁をこっぴどく
いじめてた印象が残ってるのも大きな理由の一つだと思う。
討論なんでいじめるもクソもないんだけど)
両氏の著作ともちょっと読んでみようかと思う。

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ネットで偶然発見した竹村真一という人の「宇宙樹」という本が
読みたくてしかたがない。貧乏ってヤだわ・・。

多謝

今日は劇団の先輩諸氏の稽古に参加。
皆さん、今度の発表会に出てくれるので、その稽古。
私が先輩諸氏と出るシーンはほんの短い時間だが(予定)、
音出しやら諸々の手伝いやら打合せやらもあるので、とりあえず参加。
そして本日出番無し・・。あっふぅ~ん。
まぁいいや。ダンスも覚えたし、勉強にもなったし。

そして、稽古終了後、
私がいっしょにシーンに出ることになる(予定)ダンサーさんと
久しぶりにじっくりと話す。
同い年ということもあってか、とてもリラックスして話せる。
向こうも私に色々な思いを率直にぶつけてきてくれる。
認めてくれることも、納得いかないことも。
その方のことは、人間的にも、感覚的にも大好きで、
話す度に色々なことに気付かされる。
ある時なぞ、稽古後に、この人主導でイメージの遊びをやり、
あまりの楽しさに泣きそうになったことさえあるぐらいだ。

今日もなんだかいっぱい感じることがあった。
そして、いっぱい力をもらった。感謝!
また一度、ゆっくりサシで飲みにでも行きたいものだ。

LIVE LOVE LIFE

先日、稽古でちょっと頭を打った。
精神的にも頭を打ったし、物理的にも頭を打った。
「結局、何も成長してへんやん」
と自分で自分に爆発。
先輩諸氏を少しは見返したかったのに、恥の上塗り。
誰もいなくなった稽古場で一人で何度も吠える。
で、床に頭を打ちつける。
おかげで帰りに軽い眩暈と吐き気。
何やってんだか。
眩暈を覚えながら、帰りの自転車でまた吠える。

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そして、今日。
稽古後、座長と二人でファミレスに行き、打合せついでに話し込む。
そこで先日のていたらくの話に。で、ダメ出し。
胸に突き刺さった。
前から言われていることではある。
しかし、今回はいつも以上にしっかりと刺さった。
言葉にしてしまえば、それは恐ろしく単純で、
「今さら何言うとんねん」と思われるようなこと。

「生きろ。」

それだけのことだ。
しかし、それが全てだ。

舞台の上で、その瞬間瞬間を生で生きる。
自分だけが生きようとしても生きることはできない。
舞台上の空気、共演者、そういったものたちを
しっかり胸に抱きとめることで、自分も生きられる。
相手を見、その結果として相手を見せる。
相手を活かし、その結果として己を活かす。
芝居そのものを活かすことで、己を活かす。
まさに愛である。
まさに人生である。

愛する。包む。受け入れる。感じる。応える。
活かす。生かされる。生きる。

SEXのようでもある。

Simple is best ?

人生の大事な発見は往々にしてシンプルなものである・・と思う。
しかし、シンプルな経緯の末のシンプルな結論など、
屁ほどの説得力も持たぬ。
遠回り、寄り道、無駄、
そして、自分でもなぜだかわからぬままとっていく数々の行動、
そういったものの果てに、そういうシンプルな発見はある・・と思う。

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シンプルな物語を提示する者に騙されてはならぬ。
そういう者が、時代の落とし穴で大口を開けて待っている。

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大事なのは簡単には理解しがたいものと共存できること。
異質なものを自分の物語に取り入れながら進んでいけること。

はだしのジョー

丹下段平もピカドンも関係無い。
シカゴ・ホワイトソックスにいた大リーガー
「シューレス・ジョー」のことである。

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W.P.キンセラ・著「シューレス・ジョー」読了。
これは私の大好きな映画「フィールド・オブ・ドリームス」の原作で、
原作の方がいいという評判をweb上で結構見たので読んでみた。
でも・・私は映画の方が好きだな。
主人公・レイの家族に対する愛情は、原作の方が細かく描かれてるし、
その描写の部分は私自身この本でかなり好きなところではある。
でも、やはりラストは映画の方が・・。
先に映画を観たせいかな。
映画は音楽(「タイタニック」でもおなじみジェイムズ・ホーナー担当)
もいいしね。

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かなり比喩が多い作品なので、
なんせ、その文体に慣れるのに随分時間がかかった。
村上春樹もかなり比喩の多い作家だが、
ああいうのって読む人によって合う合わないがはっきり出るのだろうな。
慣れてしまうと、今度はその比喩が気持ちよくなってくるのだけどね。
比喩も一歩間違うとかなり嫌味である。

竹中直人の「東京日和」ではないが、
人の記憶って痕に残ったりするのである。
静かにもの言わぬ痕を見つめてたまらなく切なくなったりするのである。

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「東京日和」で検索してみたら、
あの映画ってすごい人がたくさん出てたのね。
もう一度観てみようかな。
しかし、中山美穂のあの役はいただけないな・・。
本が悪かったのか、役者が悪かったのか・・。

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中学時代、ロック・ギタリストのチャーの本名が
「タケナカナオト」だと知った時、
私の頭にはあの「笑いながら怒る」竹中直人が浮かび、
「え!?あの人ギター弾くん!?」と驚きながら吹き出しそうになり、
友人に怪訝そうな顔をされたことを憶えている。
同じ音の「竹中尚人」だと知ったのは、その一年以上後のことだ。

言葉にできない

なんだか色々なことがうまく言葉にならないのである。
失語症?単なる表現力不足?
それとも「言葉にならない」という言葉で逃げてるだけ?
いずれにせよ、あまりよいことだとは思わない。
書きたいことがあるのに書けない。我ながら歯がゆい。

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「祈り」について考えた。
祈りというのは別に宗教的なものではない。
極々プライベートなものだ。
みんな多かれ少なかれ何かを祈りながら日々過ごしている。
ある何かがいいようになるよう祈りながら過ごしている。
これって、すごいことだと思いませんか?

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村上春樹氏の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」読了。
すごく心に残る物語なのである。
心にひっかき傷を残す物語。
しかし、読み終わって今、無性に寂しいのである。
きっとある種のハッピーエンドと言っていいのだとは思う。
幸福って多かれ少なかれこういうものだとは思う。
いくつもの喪失の果てのささやかな幸せの物語。

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コミュニケーションってきっと、ひっかき傷の残し合いのようなものだ。
その時には、理解出来ないまま傷を残されたとしても、
ふっとした時に、その傷口がじわじわと化膿し始め、
相手の言葉や行動が、ズキズキと染みてきたりするのだ。

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言葉で表現しにくいものがある。
そのことを言い訳にしてはいけないが、
きっと物語という形式でしか表現できないものがある。
そして、それは作る方も受け取る方も、
途方も無いエネルギーと集中力を必要とするのである。
これはきっとコミュニケーションも同じことなのである。
自分の物語を相手に伝えること。
相手の物語を受け止めること。
お互いに物語を作っていくこと。

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人の行動、夢や目標、財産の価値などは、
明日以降という日がほぼ半永久的に続くことを
暗黙のうちに前提としている。
でも、もし明日、人生が、あるいは世界が終わるとしたら?
明日、人生が、世界が終わるとしても、
なお自分にとって価値を持ち続けるもの。
それこそが大事なものなのだ。

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芸術が生まれるにはある種の抑圧が必要である。

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無邪気な心と、無目的で暴力的な世界。

私がなりたいものは、言葉にしにくいのだが、しいて言えば、
『ライ麦畑でつかまえて』で、ホールデン・コールフィールドが
妹のフィビーに何になりたいのかと聞かれた時に語る
「ライ麦畑のつかまえ役(The Catcher in the Rye)」
みたいな存在なのかも知れない。

 「とにかくね、僕にはね、広いライ麦の畑やなんかがあってさ、
 そこで小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしてるとこが
 目に見えるんだよ。何千っていう子供たちがいるんだ。そしてあたり
 には誰もいない---誰もって大人はだよ---僕のほかにはね。
 で、僕はあぶない崖のふちに立ってるんだ。僕のやる仕事はね、
 誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえること
 なんだ---つまり、子供たちは走ってるときにどこを通ってるか
 なんて見やしないだろう。そんな時に僕は、どっからか、さっと
 とび出して行って、その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。
 一日じゅう、それだけをやればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役。
 そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げていることは
 知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしか
 ないね。馬鹿げていることは知ってるけどさ」
 (野崎孝・訳「ライ麦畑でつかまえて」(白水社)より)


果たして、この夢はホールデンの言うように
「馬鹿げている」のだろうか?
今、時代に必要なのはこの
「ライ麦畑のつかまえ役」みたいな存在なのではないのだろうか?
私も頭がおかしいのかな。

面接合格

昨日、塾の面接に行ってきた。
筆記試験と模擬登壇を終えて、無事合格。
筆記試験は小学生の算数のテストを二つ受けて、それぞれ90点と85点。
え?5問間違い?そんなに間違ったの??
解けなかった1問を除いては自信があったのだが・・。
その解けなかった問題が未だに気になる。
連立方程式を立てれば解けるのだが、
小学生が二元二次の方程式を操るとは思えない。
算数的手法で解けるはずなのだが、とこだわった結果、
結局そこだけ空欄で提出。
採点してもらっている間もずっと考えたが、
未だに解法が浮かばない・・。
そんなのでいいのか、講師候補生?
先を考えるとなかなか厳しい。
しかし、ここ数日、算数の参考書を解いたりしているのだが、
これはこれでなかなか楽しいものだ。

模擬登壇は、話す内容はある程度考えていたのだが、
こういうものは実際に口に出して予行演習をしないと絶対ダメだ。
それをインストラクタ時代の経験でわかってたはずなのだが、
今回、久々の登壇でやってしまった。
オタオタと無様な授業にちょっと自己嫌悪・・。

さて、採用とあいなったわけだが、しばらくは研修の身。
時給も事務職と同じ時給だという・・。
うぅむ・・仕方ないか・・。でも、正直厳しい・・。

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しかし・・俺は一体生活をどうしようとしてるんだろう・・。
うぅむ・・。